日本文化での「汚れと禊」は、とても重要な精神文化です。過日、故郷の長岡に墓参りにいってきました。長岡藩歴代藩主のお墓が悠久山公園の蒼柴神社の境内にあり、そこも歴史散歩をしたのですが、帰路、ふと神社の正殿を見ますと若い女性たちが神主さんからお祓いをしてもらっている風景を見ました。あ、あ、これも良い事だなあ、と思いました。汚れと禊の場面、何をお祓いしてもらったかは不明ですが、私にはそう見えて美しい場面だ、と一人感心したわけです。彼女たちは清々しい気分で神社を後にした事でしょう。自分は何処へ旅しているのだろう?幸福な日々の為の自問自答
私たちの勉強会で「日本人のアイデンティティーについて」を勉強します。飛鳥奈良時代の古事記、万葉集から、平安時代の源氏物語、鎌倉時代の平家物語まで、色々と楽しみます。そうした先輩達が生み出した文化が、いつのまにか日本人のアイデンティティーとなり、現代社会にまで残る6つの日本人のアイデンティティー、つまり汚れと禊、恥の文化、甘えの構造、もののあわれ、幽玄美、わび・さび、の6つです。この事について暫く思索してみましょう。この6つは現代人に病理をもたらす場合もあるでしょうが、案外、病理でなく、日本人の美意識として扱えば、健全な精神として人間を美しくする要素でもあります。時々この6つの意識を病理と勘違いして薬を飲ませる事例がありますので、この問題を暫く考えてみましょう。自分は何処へ旅しているのだろう?幸福な日々の為の自問自答
私が信じている魂論は「魂は永遠不変のもので、老いる事もなく病むこともない、自由意思を所持し、感覚的なものも理解し、臨終と共に身体から離脱する知的生命体である」という定義をしています。誰が言い出した、とか、その根拠とは何か、などと聞かないで下さい。とにかく、そう信じているのです。この信じ方をすると人類の歴史での「神は愛なり」という定義を本当かなあ、と私の正中線を揺るがすのです。この自問自答が私の生きる喜びです。多分、死ぬまで、この自問自答は続くでしょうが、この錯乱と統合が私にとり何とも言えない快感なのです。哲学の源、自己成長のエネルギーでもあります。神は愛なり、本当かなあ、という疑問はとても楽しい人生での課題です。その課題に挑戦しつつあちこちの大学主催の学会に、またはwsに参加してきましたが悔いのない人生で...自分は何処へ旅しているのだろう?幸福な日々の為の自問自答
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